映画『アマデウス』から天才になる方法を考察。

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先日、映画《アマデウス》を観ました。この映画はかの天才モーツアルトをライバルであるサリエリの視点から描いた作品です。サリエリは天才モーツアルトを嫉妬の眼差しで見ていました。そして、妬みからか、次々と嫌がらせをしていくのです。

コーチングの観点で言えば「夢泥棒」でありドリームキラーの存在です。私たちは「夢」を叶えていく上で、夢泥棒の存在は非常に注意せねばなりません。たとえば、起業して成功したい!株式上場したい!金持ちになって高級外車に乗りたい!などと言えば、周囲の夢泥棒は、「そんなの無理だよ」「君には向いてない」「謙虚に生きなさい」などと無意識に夢実現を妨げようとするのです。安心領域へと引きづり戻そうとします。

天才モーツアルトも様々な妨害を受けたのです。天才モーツアルトと、嫉妬して大成しないサリエリ。その両者を分けるポイントは何か?コーチング的に言えば「ゴール設定」です。正しいコーチングの観点でいえばゴールは大きければ大きいほど、遠ければ遠いほどいいと考えます。理由はいくつかあるが、その方がポテンシャルエネルギーが高まるからです。

天才モーツアルトも、凡人では計り知れないほど高いゴールを持っていたに違いありません。死後数何百年経っても人々を魅了することからも想像がつくでしょう。

反対にライバルのサリエリはどうだったでしょうか?ゴール設定がモーツアルトよりも低かったと言わざるを得ません。

また、この作品は「宗教観」についても参考に価します。それは「神」の存在です。神は絶対なるものなのか?神の前では努力は通じないのか?「選ばれし者」はすでに決められているという宗教観。当時のキリスト教の宗教観を感じ取る上でも興味深い作品です。

現代の資本主義社会は基本的にはキリスト教が土台にあります。その点からも本作《アマデウス》は学ぶに価する偉大なる作品といえるのです。