経営者としてステージを上げたいなら、結果より「過程」を重んじる精神も必要です。先日、おもしろい映画を見ました。

利休にたずねよ

市川海老蔵氏が主演の「千利休」の映画。千利休と言えば、お茶の聖人。なんと「お茶」で政治をも動かしたと言われる人物です。戦国時代に、織田信長、豊臣秀吉に仕え、お茶を通じて多大な影響を与えました。

『利休にたずねよ』は、このお茶の聖人「千利休」を題材にした映画です。大変おもしろいのシーンはいくつかあります。が、その一つは、映画の中で、千利休が町中の人が集まるイベントで、お茶を作るだけで、大衆が集まっているところです。

お茶を作る一つ一つの動作が美しく、「氣」がこもっており、見るものに「感動」を与える。魂を揺さぶるのです。多くの人が魅了され、大衆が次々と集まってくるのである。さらにおもしろいのは、映画の中で、西洋人がまったく「お茶」を理解できない点です。ここが非常に滑稽でおもしろい。興味深い。

実は、ここにこれからの世界を平和なものにするヒントが隠されています。なぜ、人々はお茶にあんなに夢中になるのか?なぜ、あんな狭い部屋で作るお茶に価値があるのか?西洋人にはまったく理解ができないのです。

理由は、大きくとらえて西洋人は「結果」を重んじるのに対し、東洋人、特に日本人は「過程」を重んじる思想があるからになります。極論を言えば、西洋人は、「速く」「安く」「美味しいお茶」が作れればよいわけです。そこに過程はあまり重視されません。どんなに努力しても、美味しいお茶が作れなかったら役立たずと認識されてしまうのです。どんなに美味しいお茶を作ったとしても、コストがバカ高かったら「ビジネスにならない」と、能無しと認定されてしまいます。

ところが、東洋人、特に日本人は違います。どんなに美味しいお茶を作ったとしても、過程が「雑」だったら認められないのです。大相撲などでも、勝つことよりも取り組む「姿勢」などが重要視されます。横綱がよく問題視されるのはこの思想の違いからくるのです。勝てば、結果が出ればなんでもOKというわけではありません。ここが西洋人と相容れない思想の違いです。

お茶でも、美味しいお茶を作るための取り組み「姿勢」が重視されます。先日、ある有名人が、ネット上で「すし職人になるのに何年もかかるのは無意味だ」と書き、ネット上で議論に発展したのです。

これも大きく分けて、東洋と西洋の思想の違いが影響しています。西洋的に言えば、おいしいすしを下手すれば機械で作ればいいのです。

では、実際、どちらが大事なのでしょうか?もちろん、いちがいに結論づけることはできません。が、幸福の観点から見るなら、「過程」を重視した方がよいです。大きく言えば、「過程」を重視する思想こそ、世界を救うことにつながるとさえ考えています。

なぜ、過程を重視することが大事なのか?実は、人間の幸福感は、結果からもたらされるのではなく、過程からもたらされるからです。これはすでに様々な研究結果からも証明されています。買い物をしたとします。物が手に入った時の幸福はどのぐらい続くでしょうか?多くの方が、たいして長くは続かないと答えるでしょう。

しかし、その物や結果を手に入れるまでの「努力」や「姿勢」は、心に残りやすいのです。ドラクエやファイナルファンタジー、スーパーマリオなどの、ゲームを思い出してください。「裏技」で、いきなり最初から最強の主人公で、エンディングからはじまったらどうでしょうか?楽しめますか?確かに、「エンディング」や「ゲームクリア」という結果は得られるでしょう。

それよりは、苦労やストレスもあるけど、弱っちい主人公が成長していく「過程」の方がおもしろくないでしょうか?「仲間」が増えたり、去ったり、うまくいかないこともあるけど、一緒に乗り越えていく「過程」の方がおもしろくありませんか?

ゲームでなくてもいいです。お祭りやイベントや部活動など。その準備や過程がおもしろくもあり、楽しくもあるのではないでしょうか?恋愛で考えてもいいでしょう。セックスのことを考えたら、お金を払って風俗に行けばよいではないですか。でも、恋愛の醍醐味はそうではありません。恋人同士で思い出などを築き合う「過程」が楽しいのではないでしょうか?受験で考えてもいいでしょう。もし結果が大事なら「裏口入学」でもいいことになってしまいます。

でもそうじゃないですよね。この「過程」こそが楽しいのであり、醍醐味になります。過程を楽しむ姿勢があれば、人生は楽しいものとなるのです。話が大きくなるが、世界も平和なものになるわけです。理由は「結果」を求め続ければ、終わりがないからです。永遠に満たされないのです。

たとえば、Aの国を手に入れたら、Bの国を手に入れたくなります。100億円手に入れたら、1000億円手に入れたくなるのです。美女(美男)をゲットしたら次の美女(美男)をゲットしたくなります。

「対象物」や「結果」に重きを置いてるうちは、永遠に心は満たされないままなのです。戦争もまったく同じ道理になります。「結果」に重きを置く人は「戦い」「闘争」の人生からは永久に逃れられません。いつも「敵」を見つける人生はなんともつらい人生になります。永遠に満たされることのない修羅の人生なのです。

しかし、「対象物」や「結果」に幸福を求めるのではなく、「過程」に重きを置けば、幸福感は得られます。千利休のお茶に対する「姿勢」もそうです。

もっと日常レベルでいえば、家庭で作る手作り料理だったり、日曜大工で家具を作ることだったり、掃除だったり。結果を求めれば、ミシュラン三ツ星のレストランに行ったり、一流の家具屋に行ったり、お掃除ロボットを使った方がいいでしょう。

でも、その「結果」だけでは人間は満たされないのです。他のレストランに行きたくなるし、次から次へと物が欲しくなったり、便利という「結果」を追求すればキリがありません。そうではなく、一生懸命「料理」を作ったり、不器用だけど家具等を作ってみたり、丁寧に掃除したりしてみると、なんだかとても「充実感」を感じるのです。ペンキ塗り一つでも、取り組み姿勢次第で、おもしろくも楽しくもなるものだ。

ビジネスや仕事だって同じ。儲けという成果より、それに取り組んでる「過程」が楽しいのです。この「充実感」や「幸福感」に世界中の人が気づいたら、きっと戦争なんて起きやしません。日々、幸福感を味わえます。

映画『利休にたずねよ』は、日本人が本来持ってる「過程」を大事にする姿勢をあらためて感じさせられる興味深い映画です。


大事なのは「何」をやるかではありません。「どのように」取り組むか?です。